​石原莞爾(1889~1949)

陸軍中将。板垣征四郎と共に満州事変を計画・実行。満州事変をきっかけに行った満州国の建国では「王道楽土」、「五族協和」をスローガンとした。日本人国籍を離脱して満州人になるべきだと語ったように、石原が構想していたのは日本及び中国を父母とした独立国であった。しかし、その実は、石原独自の構想である最終戦争たる日米決戦に備えるための第一段階であり、それを実現するための民族協和であった。中国との戦争に反対して東条英機と対立し退役。世界最終戦争論を唱え、東亜連盟同志会(思想団体)を指導した。

 

昭和前期の日本が生んだ希代の軍略家・教育家・宗教家――石原莞爾(いしわらかんじ)。
彼の生き様は人類の普遍的で終局的な目標である「戦争のない永続的な平和社会」達成のための多くのヒントを与えてくれている。

石原莞爾平和思想研究会の歴史

日本は日露戦争以来、非白人国家として常に名誉ある独立を求め続けたが、遂にアメリカ、イギリス、ソ連の連合軍との戦いに敗れて国土を取られ、憲法を変えられ、民族の精神基盤である歴史教育までもが禁止されて今日に至っています。この事と日本の戦争目的は関係ないと否定する声もあります。

 

それでも世界史的にみれば後世大きな評価を受けることは間違いないでしょう。まさに日本は戦争に負けても目的は成就したのです。日本が欧米列強を敵にまわして太平洋海域で戦ったことによって、イギリス、オランダは海外植民地のほとんどを失い、アジア・アフリカ諸国は、長年の白人支配からすべて開放され、独立する結果となりました。

第二次世界大戦以前は、白人達には絶対に歯向かえないとあきらめていた有色諸民族の目の前で、日本軍は尊大な白人達の軍隊に白旗をあげさせたのです。そして、支配者であった白人等が不在の間に、現地人に自治を教え、独立を促したのです。しかしそうした大局的な見方ができる日本の政治家や国民がどれだけ居るであろうか。

 

国会で首相は、何故自分が靖国神社を参拝するかの理由を明確に説明出来ないでいます。その為には今の若者達に偏らない世界史と日本史、とくに国の歴史を根本から学び直し、しっかりした歴史哲学、政治哲学を持つことが必要だと思います。その学び直しの糸口が、石原莞爾平和思想研究会が主張する石原莞爾論を伝える歴史です。

 

 

石原莞爾平和思想研究会

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